フレイム30話『アナザーワールドシステム』

開拓編を書くつもりが、29話の補完話に。
 
 

「……大切なものを見つけるんだ。心は記憶だけでは出来ていない。どんな辛い記憶でも意志と感情でカバーできることがあるんだ」
 マダツボミを故郷に送り届けたグラエナのフェルは意味深な事を雑談に紛らわせて言い残した。
 マダツボミの実家は新緑の古森のややはずれ、焼け残った大木の木のうろの中である。故郷でも一匹暮らしだったので、出て行った時のままの物がそのまま残されていた。普段のマダツボミなら久しぶりで懐かしいと思うところなのだが、記憶のないマダツボミにずっと住んでいるお馴染みの家だった。
(少し埃っぽいな……)
 見知った家なのに知らない物が多くて、マダツボミに失った時間を感じさせる。
 マダツボミは肩にかけていたバッグを下ろして壁のフックにかけると、ハタキを取り出し掃除を始めた。掃除を済ませたマダツボミはバッグの中にあった三枚の″地図の欠片″を取り出した。記憶にないアイテムだから思い入れがない。新大陸への道筋と聞いて興味は起きたが──
(これはわたしが持つものじゃない)
 瞳を伏せる。瞼の裏にポニータドンメルが浮かぶ。直接火を見なければ恐怖に体が竦むことはない。
(どちらかと言えば、これは彼女達のものだ)
 罪悪感が体を刺す。彼女達に返さなければならない。そう考えたけれど、二匹は受け取ってくれない気がした。
(いや、そうじゃないんだ。これは、記憶を失う前の『わたしたちの』ものだったんだ)
 ちゃんと話したかった。無くした数年間の記憶、その中のフレイムの1ヶ月。何が起きて何をしたのかを知りたかった。
 コンコン。ノックの音がしてマダツボミは思考を中断した。扉を開く。そこには記憶にあるよりも少し老けた近所のポケモンの姿があった。
マダツボミさん久しぶり」
「どうしたの、探検隊やめちゃったの?」
「お久しぶりです。探検隊は──……」
 マダツボミはフレイム解散届を出していなかった。名義上フレイムはまだ残っている。フレイムの行く先くらいは話し合って決めたかった。落ち着いたら探して会いにいこうと決めているのだ。
「……今はちょっと休暇中なんですよ」
「あらそうなの」
「じゃあ、ゆっくりしてらっしゃいよ」
「これ、おそすわけ」
「ありがとうございます」
 暫くは何事もなく過ぎた。近所のおばちゃんもあまり訪れなくなったころ──
 とある来客がやってきた。
「こんにちは、マダツボミ
 見知らぬニャルマーが一匹。ザマス眼鏡をくいっとさせて、馴れ馴れしく微笑んだ。
「元気なようね」
(誰? もしかしたら知り合い?)
 どう反応するか悩んで目をパチクリさせるマダツボミにずいっとニャルマーは近づいた。
「アナタ、アナザーワールドシステムって知ってる?」
 聞いたことのない単語だ。
「アナザー……って何ですか?」
「あら、知らないか。そうね。特別に教えてあげましょう。アナザーワールドシステム、略してAWS(アワーズ)。この大陸に人類が残した最大の『負の遺産』」
とか言いながら、勝手に家に入って勝手にティーセットを取り出して勝手に紅茶を入れて『二級品だけど仕方ないわね、砂糖は2つ』とか言ってる。
「……あの、何してるんですか」
「お客様はもてなすものでしょ。いくら待ってもアナタが動かないからワタクシ自身が代わりにやったんじゃない」
何だその理屈。
「申し遅れました。初めまして、ワタクシ、ザキと申します。偽名だけど」
「知り合いじゃないんですか?! 偽名?!」
マダツボミは一通り突っ込んだ。
「AWSのコピーはありふれているんだけどオリジナルの足取りが掴めなくてね。独自のルートで調べた結果、アナタなら知ってる可能性が高いと踏んだんだけど無駄足だったようね」
 ザキは肩をすくめた。そして優雅に紅茶を飲む。
「そうですね……」
マダツボミは考える。記憶喪失になる前は知っていたかもしれないのだ。記憶が戻ったら何か言えるかもしれない。そこまで考えたが──あまりに目の前のザキと名乗るニャルマーは不審過ぎる。
「何のためにAWSを探してるんですか? それに『負の遺産』って?」
「一つ目の質問の答えは、ワタクシ自身のために。二つ目の質問の答えは、ポケモンには過ぎた力だから」
ザキは紅茶を飲み干すと、カップを置いた。
「ごちそうさまっと。ワタクシはコレクションとして欲しいのだけど、AWSを悪用すれば世界征服も不可能じゃない。もちろんワタクシは世界征服なんて興味ないのだけれど」
彼の言葉を信じるには胡散臭過ぎた。世界征服、というのも途方過ぎる大きな話だ。
「信用してないようね」
ザキはザマス眼鏡をくいっとさせた。
「およそ10年前に起きた事件をご存知? ポケモンの奴隷兵士化実験、あの技術も人間の負の遺産というワケ──動力源を潰したら解決するだけマシだけど。この家には何も無いようだし、そろそろお暇させて貰うことにするよ」
「さっさと帰って下さい」
マダツボミが言い終わる前にザキは素早く外に出ていた。
「ではサヨナラ」
そんなザキとマダツボミのやりとりをこっそり見ているグラエナが一匹。
(あっぶね……)
手には三枚の″地図の欠片″が握られている。先回りして盗っといて正解だった。もう少しで見つかる所だった。ザキはマダツボミと話しながらこっそり家捜ししていたのだ。見るとザキとマダツボミが出かけていく。聞き耳をたてると、どうやら騒ぎが起こったらしい。
アナザーワールドシステム。異世界への──新大陸への扉を開くプログラム。正解は近いところにあるんだぜ。さてと、エイ。今のうちにちょいと手伝って欲しいことが……あ、ヤダ? いいから手伝えよ」
時間は少し巻き戻り、ザキとマダツボミのお別れシーン。
「ではサヨナラ」
 演技ぶった調子でザキが会釈した時だった。
「どけ!」
「おっと」
ザキは少し避けた。見知らぬポケモンがザキの隣を乱暴に駆け抜けていく。何かがおかしい。マダツボミはその後ろ姿を見送った。森の外れのダンジョンのある方向へ消えていく。
 ザキがザマス眼鏡をくいっとさせながら言った。
「同じ臭いがする──ま、雑魚だけど」
「えっ?」
そこにドタバタと息を切らせて走ってやってきたのは近所のおばちゃんポケモンである。
マダツボミ、さっき走ってったポケモンを見なかった?」
「あ、はい。向こうのダンジョンに……」
「ダンジョンに…! これじゃあ追いかけられないわ」
「何があったんですか?」
「泥棒よ、ポケとリボンを盗まれたのよ! どうしましょう……あっ、マダツボミ。あなた探検隊でしょう、お願い! 取り返して!」
「あの、その……えっと」
 マダツボミの目が泳ぐ。探検隊だったころの記憶、つまり戦った記憶もないのだ。だが、おばちゃんは安心した顔をしてマダツボミの頭を叩いた。
マダツボミになら安心だわ! 頼んだからね!」
そう言い残しておばちゃんは行ってしまった。どうしよう。さっきからマダツボミとおばちゃんのやりとりを見ていたザマス眼鏡がにやにやした。
「お困りのようね」
「貴方に手伝って貰おうとは思いませんから」
 あの泥棒より目の前のザキの方がよっぽど危険そうだ。ザキはザマス眼鏡をくいっとさせると、口を尖らせた。
「後悔しても知ーらない」
マダツボミは探検隊バッグとバッジを家から持ってきた。バッグの中にオレンの実とリンゴと種が入っている。
(やってみるしかない…)
ここのダンジョンには炎ポケモンは出ないのがせめてもの救いだろう。マダツボミはスカーフを首に巻いてバッジをつけると、泥棒の後を追ってダンジョンに飛び込んで行った。
一瞬の浮遊感。マダツボミが目を開けばそこには通路と壁からなる不思議な空間が広がっている。お馴染みの、マダツボミにとっては初めての場所だ。
(ここが不思議のダンジョン……)
のんびりしている暇はなかった。マダツボミの姿を見つけたポケモンたちが襲いかかってくる。理性が失われ凶暴化している。
(戦わなきゃ──あれっ?)
自然と技が出た。つるが伸びて相手を打ち据えた。目の前のハネッコが倒れる。
今のは″つるのムチ″だろう。ハネッコ相手に瞬殺できるとなると自分はけっこう強かったらしい。次の敵は葉っぱカッターで倒すことが出来た。
「体が戦い方を覚えてる……やれる!」
マダツボミの目に少しだけ自信が宿った。探検隊バッジから自身のステータスを確認する。覚えている技は4つ。何とか戦えそうだ。
最初はおっかなびっくりだったが、だんだん慣れてきた。道具も使えるようになった。
(記憶をなくす前はちゃんと探検隊だったんだなぁ……)
 マダツボミはなんだかモヤモヤした気持ちになった。やがて泥棒に追いついた。
「ゲッ、探検隊だ! 逃げろ──!」
縛られの種で動きを封じて泥棒に近づいて鉄拳制裁した。
「参りましたっ」
「盗んだものを出しなさい」
泥棒はガサガサ荷物を漁って──そして固まった。不審に思うマダツボミに泥棒はおずおずと言ったのだ。
「あの……なくしたみたい」
「はいい?!」
マダツボミが泥棒を縛ってダンジョンから戻ると入り口でザキが待っていた。
「おかえり。はい、盗まれたリボンとお金」
普通に差し出してきた。マダツボミは呆れ顔になった。避ける一瞬でやったのだろう。
「スったんですね」
「だから言ったでしょ、後悔しても知らないって」
「食えないポケモンですね」
 ザキはザマス眼鏡をくいっとさせた。
「お褒めの言葉アリガトウ。では、また会う日まで」
 こうして嵐のようにザキは去っていった。マダツボミはなんかどっと疲れてしまった。
(とりあえず泥棒引き取って貰いに保安所に連絡入れないと……)
マダツボミは今日のことを思い返す。ザキが言ったAWSのことも引っかかる。そしてダンジョンは想像していたより不思議な所だった。冒険したい誰かを助けれるような探検隊になりたい。それは幼い頃からのマダツボミの夢だ。
(──誰と?)
そう考える時、マダツボミの脳裏に浮かぶのは幼なじみのリーフではない。
 マダツボミはズブズブと悩みの底なし沼にはまっていく。ポニータドンメルに鉢合わせるまで、行く先を決められないままだった。
 
 
 
 
 
◇◆
時系列を遡って。ポニータ達サイドは書くか未定です。ザキはMAD編のキーキャラクターの一匹です。