君とのその後〈5月〉

まさかの人間チィさんと探検隊チィチィの日常話シリーズ。基本的に明るくおちなしやまなしいみなしで。
くーるくると。
コイルのルルは回る。
「ルルル…♪」
そんなルルの姿に首を傾げるのはチィである。チィは先日めでたく人間に戻ったので、現在ルルが何と喋っているのかが分からないのだ。
「えいや!」
「ル?! ルルルル!」
とりあえずその掴みやすい体をガシッと掴んでみる。目線も体のサイズも大きくなったチィにとってルルは小さい。野球ボールよりちょっと大きいくらいだろうか。
片手で握られたルルがじたばたしている。どうやら多分「リーダー! 離シテ!」と言ってのだと勝手にチィは解釈する。ピカが尻尾で頭をぺちぺちしてきた。
「……ぴ」
コイルのルルで遊び始めたチィを見かねて、ピカは電気を頬袋に溜める作業に入った。
「ぴ〜か〜」
(あ、ヤバいっ……)
「ちゅう!」
「あばばばばば」
チィは一瞬骨になった。漫画的表現である。ついでにルルも巻き込まれてるのはご愛嬌。
残念ながら、サーナイトの姿はない。仕方なしに、チィはスケッチブックを取り出して、ガリガリと文章を綴る。ポケモン時代に足跡文字はちゃんとマスターしているのだ。
『ねぇ、ルルの本体ってゲートボールの球に似てるよね』
……何する気だ。
『そうだ。今度、ゲートボール大会しようよ』
 止めたげてぇ!
そんな感じにリーダーに弄られながらも、上機嫌なルルはくるくる回りながら出かけていった。
「随分と上機嫌だったね。そういえばルルが可愛い女の子と連れ立ってたって噂を聞いたよ。恋の季節かなぁ……」
ピカが呟いて、言葉は通じないもののチィの方をチラッと見たら──。
「あ! いない!」
現在チィと自由自在に言葉が話せるのは、サーナイト、ゲンガー、キュウコンと、テレパスが使える一部の幻もしくは伝説ポケモンだ。
 だいぶ不便である。チィを探しながらピカは思うのだ。当の本人の姿は悪目立ちするはずが、ちっとも見当たらない。人間に戻ろうが神出鬼没っぷりは冴え渡っている。
「……僕も頑張れば人語話せるようになるだろうか」
「大丈夫さ」
 ひょこん。突然茂みから勢いよく飛び出してくるという、ちょっと心臓に悪い出現の仕方をしたのは、チィの三色トリオの一匹、ペンドラーの『蒼』である。この地方にはいないポケモンだ。ただ、ルカリオに言わせれば『そう希少なポケモンではない』そうだが。
 ちなみにあの世界で生まれ育った三色トリオは人間の言葉をほとんど理解出来ている。
キズナが深ければ何を言ってるかだいたい分かるようになるんだって言うよ。ま、残念ながら僕はそう上手くは行ってないんだけどね。でも、水色とはだいたい通じるよ」
 蒼はチィの両親がチィが旅に出る時に託したポケモンで、『おや』はチィの父らしい。聞けばピカよりも随分年上で、世界を救ってはいないものの随分いろいろな経験を詰んでいる。
 赤に言わせれば″こいつ茶色の父ちゃんそっくりなんだぜ″だそうだ。″ガマゲロゲの子はオタマロだよな″とも。そう蒼がチィに似ているとはピカは思わないのだが……。
キズナ、かぁ」
「でも、直に茶色が何を言っているかは分かるようになるし、筆談できるんだからそう大きな障害じゃないよ」
ちなみに茶色とはチィの事であり、水色とはチィの父のことである。本名とは関係なく、髪の毛の色らしい。水色ヘアはそう珍しくない。ちなみにチィの母は『ママさん』である。
「ところで、茶色をお探しかい?」
「ああ、うん」
「知っているかい?」
にこりと蒼は笑う。
「明日は『子供の日』だよ」
「……な、何だって?!」
「意外だね、聞いたことがあるのかい?」
コイキングを串刺しにして日干しして、鎧甲を着込んで……チャンバラするんだとか聞いたよ」
 相変わらずの捏造っぷりである。コイキングが可哀想にも程がある。
「わぁお、それは面白い」
真実を知っていても別段、蒼は驚いたりはしなかった。懐がとても広いタイプなのだ。
「楽しみだね」
「別にイベント事は嫌いじゃないけど、二回に一回はロクな事になんないんだよね」
顔を見合わせて、えへへと笑う。楽しみじゃないと言えば嘘になる。チィと出会った頃、ピカはまだまだ子供で、それから二年経ったけれど、年齢的にはやっと青年にさしかかったころなのだ。まだまだ子供っぽいところが残っている。
(──僕は、チィと一緒に歳を取るのだろうか)
チィは約束したのだ。
もう置いていかない、ずっと私たちはパートナーだと。
その言葉はじんわりとピカの心の奥をあったかくするのだ。これが″しあわせ″と言うのだろう。
(チィもいつか『おとな』になるのかな。でも、そうなっても、きっとチィは変わらないんじゃないかな)
魂は変わらない。その魂が、自分を選んでくれたのならそれは奇跡なのだ。
(でも、ちょっとは……やっぱり大人しくなって欲しいなぁ。大変なんだから)
 ピカの気持ちは複雑だ。
 そして、翌日。
 ──気づいたらピカたちは、人間のいる世界にいた。連れてこられたのはかつての一軍メンバーである。
「いつの間に連れ出した!」
 ジッポが突っ込む。今回はサーナイトがいるので、意志疎通はテレパス経由で間接的にだが出来ている。
「夕食の木の実に眠り粉を混入させたに決まってるじゃない。それだけじゃ効きにくいからちょこっと痺れ粉混ぜたけど」
「うわぁ」
「ちなみに割合は3:1だよ。ちなみにバタフリーくんちゃんにご協力頂きましたー」
「聞いてないよ!」
「5月のこの時期はゴールデンウイークって言ってね、人がダストダスになるんだよ」
ダストダス……?」
「ってポケモンがいるんだ。ようは産業廃棄物だね!」
ダストダスと全世界の人間に謝ってこようか、チィ」
 一通り掛け合いをしたあと、ピカたちは辺りを見渡した。
「で、ここどこだよ」
 人間の住む街は遠くにちょこんと見えるくらいだ。鬱蒼とした山中の、その麓だ。
「──今日しか見れない特別なものを見せてあげるよ」
 どうやら景色か物体かは分からないがここに見せたいものがあるらしい。
「でしたら、普通に誘えばいいと思いませんか」
ドーブルのペインが突っ込んだ。
「やだなぁ、こんな危険な場所だと分かってたら……君たちこないでしょ?」
ざわざわと森がざわめいた。殺気だ。ピカたちは毛を逆立てた。一匹二匹じゃない。
「なぁ……チィ」
アブソルが看板を見つけた。そこにはおっきく髑髏と×印が描かれていた。しかも向こうのほうには有針鉄線とコンクリ壁が見える。
「リーダー、これって……」
「立ち入り禁止の看板だよ! 危険なポケモンが多く生息してるからね」
「「「先に言えぇ!」」」
「──さぁ、サバイバルの始まりだ!」
わらわらと大量のポケモンが襲いかかってくる。
「目的地までは一時間。その間、自分の身は自分で守るんだよ! みんな!」
「止めて! 帰らせて!」
「却下します☆」
阿鼻叫喚。地獄のハイキングは始まったのだった……。
そうは言えど、ピカたちも伊達に伝説の探検隊をやってはいない。ほとんど無双状態だ。
 しかし、敵が多く休む暇がなくてピカたちもだんだん疲弊していく。一時間後には疲れ果てて半分しかばねのようになっていた。
「何であいつ人間のくせに無傷なんだよ……」
チィである。チィは三色トリオをつれていない。ワザこそ使えないものの、攻撃を器用に避け、石を投げたり、道具を使って器用に先に進んでいく。
「……リーダーって、いちおう人間なんだよな」
「化け物ですね」
「ウンウン、リーダー ハ モウ 人間ジャネェ!!」
そんなことを言っていた矢先に、チィがピジョンのくちばしをつかんで地面に叩きつけた。サーナイトが感嘆の声を漏らす。
「前より強くなりましたね」
「でしょー。前までさすがに倒せなかったもん」
ちょっと待てお前ら。言ってることがおかしいぞ。
 突っ込む前に、チィは先に進んで行く。というかもう突っ込むのに疲れた。
「ついたよ、みんな!」
どうやら到着したらしい。ピカたちの耳は激しい水音を捉えた。
「──滝?」
高い高い何十メートルもある滝が勢いよく水しぶきを上げながら流れ落ちている。
「うん、試練の滝だよ」
見てて。
チィが唇に人差し指をあてて『静かに』というジェスチャーをした。
滝壺の水面の下で煌めく赤いうろこ。ばしゃん。飛び出してきたのはコイキングだ。
 滝に向かって何匹も、いや十数匹ものコイキングが泳いでいる。ぴょんと、コイキングが跳ねる。押し流される。跳ねる、流される。
(滝を登っていこうとしてる──?)
一匹の体格の大きなコイキングが流れをかき分けて、滝を進み始めた。ぽおっと、その体が光り始める。
(なるほど──これが)
体色が鮮やかな水色に変わる。ヒレが大きくなり牙が生え、体が次々と変化していく。
(登竜門、だ)
最後のてっぺんで跳ねた瞬間、そこにいたのはコイキングではなかった。高らかにギャラドスは吠える。
野生のコイキングは滝を登って進化するのだ。話には聞いていたけれど、見るのは初めてだった。ふと見れば、ペインが目を輝かせてスケッチブックに筆を走らせていた。
 次々と、滝にコイキングが飛びついていく。
「一年でこの日だけなんだよ。素敵な鯉のぼりだと思わない? それに鯉のぼりは、子供の成長を祈るためのものなんだ」
「成長?」
「現状に満足するより、もっともっと強くならなきゃ。私もね」
チィはバッグの中から柏餅を取り出してみんなに配る。
「よし、みんなお疲れ様。怪我してない? 傷薬あるから手を上げて」
ピカはチィに問いかける。
「僕らって、チィの手のひらの上なのかな」
チィは笑う。全てを見透かしているようだ。多分、ピカたちは一生彼女には適わない。
「嫌なの?」
「──ううん」
ピカは、首を横に振って空に登る竜の姿を見たのだった。