僕らのその後〈廻る季節〉

一年間、行方不明だった。
 チィがニンゲンに戻り、その世界に帰ってきたのは4月1日。
当然、家族や友人に大目玉を食らった。きっついお灸も据えられたけれど、彼女は後悔なんてしていない。
この一年間、彼女は誰も知らない世界を救う大冒険をしたのだ。そして、その日から新たな冒険が始まったのだ。
大地を踏むのは人間の足だ。靴を擦り切れさせて履き潰して。やっと始まるのだ。
「さぁ、作戦開始だ!」


 
僕らのその後
〈廻る季節〉



 ある春の日だ。ぽかぽかした陽気、いい天気。うっかりピカは寝過ごして、お昼近くになって目を覚ました。
 とても静かだった。
 救助基地の中にはピカひとりきりだ。珍しいな、と彼は思う。他のポケモンたちはどこへ行ったのだろう。
「──あれ、変だな」
 広場にも誰もいなかった。まさか寝ている間に何か天変地異でもあったのだろうか。
(いや…そんな訳ないか)
 そういった場合真、っ先にポケモンたちが解決を依頼してくるのがチーム『チィチィ』の筈だ。チィチィはチィがいなくなっても最大で最強のチームなのだから。
 この状況は薄気味悪かった。ドッキリか何かだろうか。今日はエープルリルフールだ。みなでピカを担ごうとかそういう計画かもしれない。
 何にせよタチが悪い。しかも丁度チィがいなくなって一年の節目だ。嫌な予感しかしない。嫌な予感がして無事であった試しがないのだ。
(う〜ん、悪いことが起こらなきゃいいけど……)
 四月馬鹿なら(ピカにとっては迷惑だが)微笑ましいのだが──最近、変なのだ。
 顕著なのはルカリオだ。一匹で姿を消したと思ったらボロボロになって帰ってきたのだ。理由を聞いても答えることはなく、それからこんこんとルカリオは三日三晩の間眠り続けたのだ。
マニューラ、分かる?」
「アタイだって知りたいよ」
 ぶつぶつとマニューラは愚痴を零した。
「何時までたっても、リーダーはアタイを頼ってくんないのさ。信頼してない訳じゃない。だけど、いつもひとりでやろうとする。アタイにできるのは──こうやって待つだけだ」
 マニューラは眠り続けるルカリオの額に彼女の額をくっつけて、小さく『おかえり』と言ったのだ。それは二匹のまだマニューラが幼かった頃始まった習慣だった。
 ゆっくりと眠っていたルカリオの瞳が開いた。マニューラの姿をみとめて微笑んだ。
「ただいま、マニューラ
 その光景はピカにはちょっと眩しくて、こっそりピカはその場から離れたのだった。
 それからルカリオマニューラに半日説教され反省文を書かせられた。
 ルカリオが書いたそれはでかでかとチィチィ基地の壁に貼ってある。黒の墨文字(しかも達筆)だ。
『ごめんなさい、もうしません』
 だが内容はまるで幼児の反省文である。
 他にも正体不明の天変地異が起きたり、突然ダンジョンが『消え』たりと。ネイティオやキョウコン聞いても言葉を濁すばかりだ。
 落ち着いたのはつい最近だ。やっと平穏な日々が訪れたと思ったらこれである。正直、ピカはうんざりしていた。
 嵐の前の静けさ、というのだろうか。ピカが考えていると──上空から声。
「ピカさーん」
「お久しぶりでーす」
 見上げれば、空にワタッコたちが浮かんでいた。かつて風が吹かず旅立てなかったワタッコたち。世界が平和になって旅立ったのは二年近く前の事だった。彼女たちの長い長い旅は一周したのだ。
「久しぶりだね!」
 ピカの張り詰めていた気持ちがこころなしか緩む。
「それで、積もる話もせずに、さっそくで悪いのですが──えいっ」
 こつん、と頭に何かぶつけられた。ぽんと何か弾ける音。
「──え? へ?」
 ふらりと体が傾いた。急激に睡魔に襲われて、ピカはその正体に気がついた。
(すいみんのタネ、だ)
 時すでに遅し。ふらふらと倒れて、ピカは眠りに落ちたのだった。
「──サテサテ」
「うまく行きましたね」
「騙し討ちとはひっでぇな」
 物陰から姿を現したのはルルたちだ。ペインとルルがピカを持ち上げてみぞれの背中に載せる。そのままピカはどこかに運ばれていったのだった。
 隠れていた他のポケモンたちがわらわらと広場に出てきた。急いで飾り付けが始まった。一気に活気づいた景色を眺めて首謀者たちはにやり。
「でも本当なんですか?」
「いまいち信用できないけど、楽しそうじゃない」
「おい、さっさと準備しろ」
 首謀者のひとりゲンガーは怒鳴る。前科があるので信用されないのが玉に傷だ。傷だらけの玉であるので今更ではある。
「俺はあいつを信じてる。なぁ、ルカリオ
「そうだな」
 ルカリオの人徳ならぬポケ徳によって今回の事は成立したようなものだ。
 事の起こりは、ルカリオが目覚めたときから始まった。
 ルカリオがポロッとうっかりお喋りなガルーラおばちゃんにチィのことを漏らしたのだ。
 噂が広がるのはラティオスより速い。すぐに知らないポケモンなどいなくなった。ただひとり、ピカだけを除いて。
 誰が言い出したのかは知らないが、『サプライズパーティー』をすることが決まり、彼らはその準備に追われている真っ最中だ。
 ──ピカには秘密に、だ。
 その噂にはオヒレどころかムナビレもセビレもついたのだが、一番大切なところは変わらなかったのだ。『ピカに内緒で』という冒頭の一文だ。
「さぁ、主役が来るまでに終わらせようぜ」
「ボス、どうしてそんなにイキイキしてるんだ?」
「ああ、あのな」
ゲンガーは仲間たちの問いに顔に似合わない満面の笑みを浮かべて答えるのだ。
「これが、タダじゃないんだわ」
「「え?」」
色んな算段があるのだ。実はお土産を頼んでおいたのだ。ここでは絶対に手に入らない人間の嗜好品。ゲンガーはガラの悪いタイプの人間だったので当然嗜んでいた。
「まぁ、酒だ」
「え? 鮭?」
「ちげーよ」
何でもあり合わせのもので作ってしまうチィに作れないか聞いたことがあるのだが、チィはへらへらと笑うだけだった。
「あのね、ゲンガー。私はまだ子供なんだよ?」
そういえばチィは未成年なのだった。あまりにチートだからたまに忘れそうになる。
「さすがにお酒は作れないよ、飲んだことないもの」
 飲んだことがあれば作れるのだろうか。否定できないあたりチィは恐ろしい。
ところが酒を頼むにあたって彼女が『年齢制限』の壁があるはずなのだが……まぁ何とかなるだろう。ご都合主義である。 浮き足立っているのはゲンガーだけではない。一番そわそわしているのは新入りアチャモのきいろだった。
「早く来ないかな♪」
 彼女は別にチィを待っている訳ではなさそうだが──。
「待ち遠しい?」
「うん、あかとあおに久しぶりに会えるんだもん」
 きいろは跳ねる。
「そういえば、ニンゲンの時のチィってどんな奴なんだ?」
 ヒトカゲのジッポが問えば、何時もの通り噛み合わないマイペース。これで悪意がないから困る。
「自由奔放?」
「いやそうじゃなくて」
「有名人の○×に目だけ似てるよ」
「誰だよ」
「あー、人間を知らないアナタたちに人間の姿説明しても無駄だったー。ごめんごめん」
「…………」
「で、何聞きたいの?」
「……もういい」
「後、ちょっとかなー」
 きいろは、人間のチィと旅したことのあるポケモンだった。あかとあおもそうだ。きいろにとって二匹は兄のような存在だ。ちなみに彼らはきいろのマイペースっぷりをスルーできる貴重なキャラである。
 荒唐無稽な世界の壁を破る方法を探す険しい旅。きいろはチィに巻き込まれて、気づいた時にはここにいたのだ。それに不満はない。危険だと分かりながらついていったのは自分たちだし──何より、きいろはこの世界を気に入ったからだ。
「喧嘩、か。チィらしいな」
「馬鹿みたいですけどね」
「今更ダナ」
「でも、あいつなら何とかするんだろうな」
 ポケモンだって正攻法なら勝てやしない。だけど、喧嘩で勝つにはただ武力で抑え込むだけではない。力が足りなくても、勝てる喧嘩はあるのだ。
「──それが、神でも」
 
 
 
 
 ピカはゆっくり目を開いた。最初に目に写ったのは青い空と白い雲。
「ふぁ」
 ピカは小さくあくびをする。何があったんだっけ、ピカは首を捻った。
(ええと、さっき……そうだ。ワタッコたちに睡眠のタネを投げつけられたんだ)
 油断した。みんな何を企んでいるのだろう。……そして何でペリッパー連絡所の近くに放置されているのだろう。
 体についた土埃を払い、ピカは広場へと向かった。
「なにこれ」
 わいのわいの。
 騒がしいことこの上ない。人垣ならぬポケ垣に阻められて広場中央の様子は見えない。
「──あ、来たぜ」
「いいタイミングね」
「え、何のこと?」
 ぐいとピカは手を引かれる。ポケ垣が割れて道ができる。
「え? え?」
 顔を上げる。
 そこに居たのは、人間の少女だった。始めて見る人間は、思っていたよりも小さくて、全身傷だらけで、顔にベタベタと絆創膏が貼ってあったし腕にはぐるぐると包帯が巻かれていた。少女はきいろの頭をくしゃくしゃと撫でていたが、ピカの視線に気がついて振り向いた。
 彼女はピカを見つめた。
 短めの髪が風になびく。
(──知ってる)
 わからなくても、ちゃんとわかるのだ。これはふたりが培った絆なのだから。
 駆け寄って、飛び付いた。
 彼女もそれを腕を伸ばして受け止める。
「こんなにボロボロになって、本当に馬鹿だよ」
 何か彼女は話したようだ。ピカには人間の言葉は分からない。まるで呪文みたいだったけど、絶対こう言っているんだ。
「ほら、やっぱり」
 私の胸で泣いてるじゃない。
 

 
 
 
おわり?
ルル「泣イテルー」
みぞれ「……ティッシュいるか?」
ゲンガー「泣き虫だなぁ」
ピカ「泣いてない! 泣いてないから!」
ピカは泣き虫。

next終幕「彼らのその後」
(補完話)(Σ続くのかよ)