僕らのその後〈終わりの季節〉

この話、だんだん変な方向に行ってる気がする(今更)。今回でラストにするつもりが予想外に伸びたので後一話続きます。

お年寄りには親切にしましょう。よく聞く言葉だ。常にお年寄りは自分よりも先輩だ。
 親切はただ手を差し伸べる事じゃない。老いてもその心は変わらない事が多いのだ。一番大切なのは老いに対して気を使うことだ。──とナマズンがかつて冗談混じりにピカたちに語った事がある。たしか敬老の日の事だった。もちろんそれを持ち込んだのはチィだが。
 そんなことをピカが思い出したのは、件のお年寄りが眼前にいるからだ。
「……関節が痛い…」
 そんなルカリオは膝頭にあたる箇所に薬草でできた湿布を貼っていた。
(おじいちゃんだ……)
伝説のチームのリーダーだって歳を取るのだ。ナマズンよりも年上だと知ってから、ピカはルカリオに気を使うようになった。見た目はナイスガイ(死語)だが、実際はおじいちゃんなのである。よぼよぼしていないあたり流石といったところだ。
 空き家だと思っていたチィチィの救助基地は元はルカリオ達のものだったそうだ。それをピカたちが知った時はここから追い出されるのではないかと冷や汗ものだったのだが。
「こっから去る時に捨てたようなものだからね。別にアタイらは気にしないよ。それにちゃんと綺麗にしてるしね」
という有り難い言葉をお姉様なマニューラから頂き、事なきを得た。
 ルカリオたちは『最後の依頼』のためにここを訪れたと言った。それを達成するまでの間、ルカリオたちの住む場所をピカは提供することになった。チィチィ基地に居候することになったのだ。居候といってもルカリオマニューラの二匹だけだ。他のメンバーは留守番しているそうだ。
ルカリオたちは救助隊だ。チーム名はない。『救助隊』を名乗ったのは彼らが初めてだったから、チーム名は必要なかったのだ。
「最後の依頼って何?」
「文字通り」
マニューラは言った。
「隠居間際になって、やっと可能性が現れたのさ」
「可能性?」
 マニューラは目を細めた。
「アンタのチームなんだろ、ポケモンになったニンゲンがいたのは。ま、ちょっと遅かったみたいだけどねぇ」
「ど、どういうこと?!」
(チィのことを二匹は知っている……でもそれがルカリオの依頼と関係あるのかな)
不思議のダンジョンが誕生するずっと前、再会を誓ったニンゲンがいるのだ」
ピカの問いに答えたのはルカリオだった。そして逆にピカに問いかける。
「何故、人間がこの世界にいないのか君は知っているか?」
「さぁ? なんでだろう…」
「──これは、昔話になる」
 ゆっくりと語られる。ダンジョンが存在しなかった昔のことだ。
 ここでは人とポケモンが共存していた。お互いを思い合って、仲間として友として。
 それが変わったのはある人間がこの世界を支配しようとした時だった。一方的な侵略にポケモンは団結し反旗を翻した。ポケモンたちは勝利し、人間をこの地から追い払った。
 そして二度とポケモンたちの平和が脅かされないように『神』がこの世界を時空のはざまに閉じこめたのだ。
「ここは『箱庭の楽園』だ」
 隔離されたことが原因なのかダンジョンという不思議な空間ができたのはそれからだ。
「世界を変えたいとは思わない。この世界は平和だ。私達は今この世界で人間と共存する必要はない。だから、これでいいのだと思っていた……」
 どこか懐かしむような悲しむようなそんな顔をして、ルカリオは呟くように言ったのだ。
 ピカは悟る。ルカリオの気持ちが理解できた。ピカの届かない世界にチィはいるのだ。
「でも、会いたい人間がいたんだね」
「ああ、私が産声を上げた時、側に居た人間だった」
 そして彼は微笑むのだ。
「姿は変わったが人間がここに来れるのなら、逆も出来る筈だろう?」
「でもそれだと、ルカリオ。人間になるかも知れないよ?」
「それは覚悟の上だ」
 ニヤリとルカリオは口の端を子供っぽく上げた。
 こうしてルカリオたちは、チィチィ基地に居候しながら伝承や伝説を調べ始めた。長期戦らしい。手伝いを申し出たが断られてしまってピカはちょっと手持ち無沙汰だ。
(──もしも出来たなら、また僕はチィに会えるだろうか)
ピカは思う。
(人間になりたいとはあんまり思わないけれど)
季節はゆっくりと巡る。
 付き合いが長くなっていくにつれ、ルカリオの天然ボケっぷりが露呈していくのだが。
 サーナイトが少し前に語ったようにルカリオはかなりの変わり者だった。老化によるボケではなく昔からだそうだ。
 ダンジョンでぎっくり腰で倒れカクレオンに担架で運ばれて帰ってきたり、発掘作業の途中で温泉を掘り当て入ってのぼせたり、明らかに罠のスイッチをぽちっとなと押してしまったり、イシツブテに気づかず腰下ろして吹っ飛ばされたり。
「…マニューラも大変だね」
「ほんとにねぇ」
 リーダーが救いようがない感じでアレなのはピカもマニューラも共通らしい。
「……ねぇ。これは僕の予想なんだけど、マニューラが結婚できないのってルカリオのせ……痛い痛いごめんなさい!」
「あんまり年上をからかうんじゃないよ」
(でもきっとそうなんだ)
 マニューラに耳を引っ張られながら、それでもピカは思うのだ。マニューラが結婚できないのはルカリオに手がかかりすぎるせいなのだ。
 きっと僕は一生独身なんだろうなぁ、とピカにも思うところがあったりするのだ。ポケ生設計をいつの間にか潰されている気がする。チィのせいで。
 色々とピカの悩みの種は尽きないのだ。気づけばもう7月になっていた。梅雨明けの空をピカは仰ぎ見る──いまだ耳を引っ張られながら。
「いたいいたいいたい!」
 大した成果が上がらないまま、時だけが過ぎていく。それでもルカリオは諦めないようだ。低い可能性への賭はまだ終わっていない。
 そんな中、ピカ班に二つの変化が起こった。
 一つ目は仲間の変化だ。
「ピカさん! 見てみて!」
「「僕たちバタフリーになりました!」」
「見分けがつかないよ?! どっちが元キャタピーちゃんでどっちが元トランセルくん?」
かねてから念願のバタフリーにレベルを上げて進化した二匹だが、問題はそこである。
トランセルくんには青いバンダナをつけてもらい、キャタピーちゃんには赤いリボンをつけてもらいやっと一応の見分けがつくようになった。
「そういえば、ピカさんは進化しないんですか?」
 キャタピーちゃん……じゃなくてバタフリーちゃんが聞いた。ピカは肩をすくめる。
「……僕が進化したらライさんになるじゃないか」
そして二つ目。ピカ班に新しいメンバーが加わったのだ。それは夏が終わる頃だった。
森の入り口。どこか見覚えのある場所に、見覚えのないポケモンが倒れていた。
「まさか……人間…じゃないよなぁ」
ここはチィと出会った場所だった。チィが倒れていた場所だった。とりあえずそのポケモンを揺さぶった。
「ねぇ、大丈夫?」
「……だぁれ?」
一言目が『ポケモンが話してる!』ではなかったので、どうやらただのポケモンらしい。
「僕はピカ。救助隊さ」
「何ソレ? 救助隊?」
「知らないの?!」
「というかここはどこ?」
そのポケモンは首を傾げ、ピカの返答を待たずまくし立てる。
「あ! あたしはアチャモ。名前は『きいろ』。で、どうしてこんなところにいるの?」
「……僕が知りたいよ」
きいろは非常に扱いにくいポケモンだった。空気を読まないわ、会話は成立しないわで。超マイペースなのだ。
(これはこれでチィとは別の部類で厄介だ)
「あおとあか」
彼女がはぐれた仲間の名前を聞けけばきいろはそう答えた。その名前に聞き覚えはない。
「どうやらこの地方は初めてのようだな」
なんとか話を聞きだしたジッポはそう簡潔に結論づけた。何故迷い込んだのかは、きいろにもわからないらしい。
「住むところはあるの?」
「……まわりくどいわね」
「まわりくどい?!」
「あるわけないじゃない。多分アナタはアタシに『泊めて』と頼まれたかったんでしょ?」
「……」
 若干図星なのがイタイところだ。絶句するピカをきいろは気にもとめやしない。
「分かった、しばらくお世話になるけど宜しく」
本当にピカにとっては非常に苦手なタイプである。
(電撃浴びせたいなぁ)
主にこっちの意味で。
ピカは常に穏やかで優しく格好いい救助隊でありたいのだ。イラついでも我慢が必要だ。
しかしそんな時にピカが手を下さずとも活躍するのが仲間たちだ。
 アイコンタクトを一瞬交わしたかと思うと、ペインはきいろを背後から羽交い締めにした。何故か耳栓をつけている。
「ギィイイイイイ!」
ルルが黒板を引っ掻いた。『嫌な音』である。きいろとピカは悶絶した。かなりの破壊力だ。
「やめ…やめてぇえ!」
 炎がきいろの体を包んだ。ペインが巻き込まれて焦げる。
「ナ!? ウワァアアア!」
きいろが容赦なくルルに炎を放ち──報復にルルは十万ボルトを放ち──止めようとしたピカが巻き込まれて──後に残ったのは、こげぱん色のポケモンたち。みんなこんがり真っ黒に焼けました。
 何だかんだで彼女はいつの間にかチームに溶け込み、秋の終わり頃にはチィチィのメンバーは一匹増えていた。
相変わらず彼女はマイペースだったが、悪いポケモンではないのだ。多くを語らず、謎に包まれていても。
 そして、冬は始まった。
「去年の今頃、うちのリーダーはね。メリープを襲ってたんだよなぁ」
「あはははは」
彼らがそんな思い出話に花を咲かせているその場所に、きいろの姿はない。それに最初に気づいたのはルカリオだった。少し探してみればすぐ見つかった。
「──きいろ君」
「こんばんは」
きいろは救助基地からさほど離れてない木の幹に腰掛けていた。
「待ってたわ」
きいろはゆらゆらと足を揺らす。声は軽い調子だが、ルカリオはそれに不穏めいたものを感じる。それに他のポケモンたちの気配を感じるのだ。
「待ってた……?」
「ええ」
 それに答えたのは、きいろではない。ゆっくりと姿を現したのはサーナイトだった。
「始まりますよ」
 最後のピースが揃った。扉を開く鍵は一つでは足りないことに気づいた彼らが見つけたもう一つの可能性。望めば奇跡が起きることもあるのだ。
 世界は変わる。彼女たちの手によって。だって彼女はいつも不可能を可能にしてみせるのだ。
別の空の下で今も彼女は戦っているのだ。どこまでも明るくどこまでもはちゃめちゃに。それは人間でも変わらない。
「チィさんのサプライズが」