僕らのその後〈最後の季節〉

僕ら〜最終章
笑顔でいて。
そう彼女は言った。
「ピカはこの世界で一番大切な友達で、最高のパートナーなんだから。そんなピカが泣いていいのは私の胸の中だけだよ」
「僕がいいたかったなぁ……『僕の胸で泣け』っていうの」
「私は泣かないよ」
「ですよねー」
 男前に格好いいことを言ったチィはあくまでも晴れやかでにこやかだった。
さよならパーティーはしないと、チィは言っていた。見送りに来たポケモン達はたくさんいて、引き止めようとした仲間たちもいたけれど彼女の意志は変わらなかった。
「これはね、もうひとつの旅の始まりなんだよ。ピカ」
 ピカは薄々彼女の『サプライズ』が何なのか気づいていた。限りなく不可能かもしれない。だけど、ピカはチィを信じるのだ。
(チィなら、きっと)
「私を覚えていて。姿が変わっても私は私だから」
 そうして、彼女は光に溶けて──消えたのだ。
覚悟する時間はたくさんあった。たくさん思い出を作り、たくさん語り合った。だから、もう涙は出なかった。
チィが去ってすぐに大所帯なチィチィはピカを『リーダー代理』として活動を再開した。
やがて大所帯を纏めるためにチィチィに『班』を作ることになった。かつての一軍メンバーをそれぞれ班長にした、小さな半ば独立したチームだ。
二軍の中でも比較的活躍してるポケモンが班員に選ばれ、残りは『補欠班』としてジッポが統括するという案である。
「一つの班は何匹までにするか。候補者はかなり多いぞ」
 救助基地での円卓会議は、ジッポの言葉で行き詰まる。
「……うーん。ちゃんと実力やバランス、やる気やリーダーとの相性を考えて採用したいんだけどいい案ないかな」
「私は芸術性のあるポケモンと組みたいのですが」
「芸術性って何を指すのか解らないけど、ペインは器用だから誰と組ませても上手く行きそうなんだよねぇ。ペイン班は『連れて行く依頼』に向いた構成がいいと思うんだよね」
「『連れて行く』は班長以外足手まといになるんじゃねぇか?」
「じゃあ『新米ポケモンのレベル上げ』要因でもいいけど」
「他はそうだね、波乗りやダイビングが使えるポケモンが一匹ずつは欲しい所だね」
「じゃあ班の定員に余裕を持たせるか。班長を入れて5〜6匹ぐらいがいいと思うぞ」
「うん、それくらいかなぁ」
「……(会話に入れない)」
 ピカとジッポ以外のメンバーは置いてきぼりである。
「皆さん、お茶のおかわりいりますか?」
「特製ノ紅茶ダ!」
サーナイトの淹れたお茶とお菓子を楽しみながらピカたちはしばらく休憩する。チィはカリスマワンマン経営者だったから今までこういう苦労はしなかったのだが。
(チィならどうするだろう)
それは頭を悩ませるより、ずっときっと楽しくハチャメチャにやるのだろう。
「春と言えば何だろう」
「春? 突然ドウシタ?」
「エイプルリルフールは過ぎたし……」
 さすがにピカはそういうハチャメチャなことを簡単に思いついたり出来ない。腕を組み難しい顔をして考えていたが、ギブアップだ。
(チィは偉大だ、色んな意味で。僕には真似できないや。チィの脳には何が詰まってるのだろう──悪い意味で)
「……とりあえず、試験をするのはどうだろう」
みぞれが提案した。ちなみにみぞれが今日喋った一言目である。最初に話したのがこれというのはいかがなものか。
「試験ですか。いいですね、では絵を描かせ」
「「「それはない」」」
「うー、最後まで言わせて下さいよぉ……」
「具体的な試験内容とか思いつかないしなぁ。チーム内で戦わせたら基本的に伝説組の独断場になるじゃない」
「あー…」
結局、班分けはしばらく様子見をすることになった。色んな二軍メンバーと触れ、最終的には班長がオリジナルの試験をするなり面談するなり、お気に入りを選ぶなりある程度制約はあるものの自由に決められることになった。
そうして彼らが行く先の模索をしていた、そんな時だ。
「──チィチィに入れて下さい!」
 緑の頭をぴょこんと下げるのはキャタピーちゃんだ。そういえば、『大きくなったらチィチィに入りたい』とキャタピーちゃんは言っていた。
「お母さんは許してくれた?」
 反対する理由はない。
「もちろんです!」
キャタピーちゃぁぁあん」
トランセルくん?!」
 さなぎの体をぴょんぴょん跳ねさせてトランセルが泣きながらキャタピーに飛んできた。
キャタピーちゃんが入るなら! ボクもチィチィに入れて下さい!!」
 凄い勢いでまくしたてられ、ピカは頷くしかなかった。
「も、もちろん歓迎するよ」
こうして二匹。新しい仲間がチィチィに加わった。古くからの支援者だった二匹を補欠組にするのは憚られ、彼らは『ピカ班』の一員になった。
(あと、二匹かな)
ピカと特に親しい二軍組はおらず、ピカ班の残りメンバーは保留ということになった。
「伝説のチームが来るんだって!」
ある日広場は騒がしかった。伝説のチームが来るらしい。
 一番(顔には出さないが)興奮していたのは誰でもないフーディンだ。まだフーディンが幼い頃、噂されていた伝説のチーム。大人になったころには、彼らはこの大陸を離れてしまい会うことは叶わなかった。『ルカリオ』に憧れ、救助隊になったフーディンにとっては特別な存在なのだろう。
 ピカたちの胸も少なからず踊る。有名ポケモンに会えるのだ。ちびっこ組はサイン色紙を用意してそれに備えていた。
「……伝説のチームかぁ」
チィチィは『生ける伝説』とか呼ばれてるチームなのだが、いまいち実感が湧かない。
 ピカが呟いた言葉に懐かしそうにサーナイトが答える。
ルカリオさんは、変わった方でしたよ」
「会ったことあるの?!」
「あるといいますか、無いといいますか。その時の彼らに私は見えなかったようなので」
 サーナイトは当時は生き霊だったのである。
「……ああ、なるほど。で、変わってるって何が?」
「敢えて言うなら、ルカリオさんは『とても天然』なんですよ。伝説のチームのリーダーなのに。可愛らしいでしょう?」
「可愛いの?! というかいまいち想像できないよ?!」
ピカたちの救助基地の隣にはルカリオの像がある。格好いいポケモンに見えるのだが。
(まさか、まさかなぁ…)
しかし、その天然っぷりを。ピカはすぐさま身を持って体験することになったのだ。
「誰」
依頼が終わってピカが寝床にしている救助基地に帰ってみれば、誰かが寝ていた。いや、誰というか。呆然としてしばしピカは固まっていた。
「……何でルカリオがいるんだろう」
しかも『ナマケロ枕』という不眠症患者が喉から手が出るくらい欲しいプレミア品を抱き抱え、幸せそうにむにゃむにゃ言っている。
蹴り飛ばそうか。
しかし相手はもしかしたら『伝説のルカリオ』かも知れない。ピカが悶々としているのに構わず、侵入者は穏やかに寝息をたてている。
「やっぱり蹴ろう、うん」
 どんだけ偉かろうが、相手は同じポケモンなのだし。
「……あれ?」
ピカのキックは寸前で止まる。よく見れば、怪我をしている。自分で手当てをした形跡もある。そうしてピカが動いていないうちに、ピクリとルカリオの耳が動いた。
「……マニューラか?」
「僕はピカです」
がば。起き上がったルカリオは目をパチパチさせた。そして理解した瞬間土下座した。
「すまない!」
「ま、真面目だ?!」
ルカリオの説明によると、怪我をしてしまった彼は手近な空き家に転がり込み手当てしたのはいいものの。
「この歳で長旅をするのはさすがに疲れるのだな。つい寝入ってしまった」
 見た目の割にはお年寄りらしいルカリオは深々と頭を下げる。凄く腰が低い。
「それなら仕方ないよ。もう顔上げてよ、申し訳ない気分にこっちがなるから。ところでどうして怪我なんかしたの?」
ルカリオの目が泳いだ。決まりが悪そうに、イタズラを叱られたようにも見える。
「それは…だな」
「?」
「……仲間のマニューラに吹っ飛ばされたんだ」
「Σ何したの?!」
ピカは思う。『凄いポケモン』は意味みんな『変態』なんじゃないかと。あることにとても秀でると、結果変態になるのだ。ペインがいい例で才能はあるのだが、芸術にこだわりすぎる変態なのだ。
「彼女のその、コンプレックスを刺激したようでな」
「コンプレックス?」
「慰めの言葉で言ったつもりなんだが、『生涯独身も珍しくもない。何を悩むことがある。そもそも、もうその歳なのだし、いい加減諦めた方が良い』と言ったら泣かれて……」
「それは、そういう年代の女性の地雷なんだよ……」
噂のマニューラ(ポケモン的にアラフォー)が、空の向こうに吹っ飛んでいったルカリオを心配してチィチィ基地に突っ込んできたのはそのすぐ後だった。