かえるとかたつむりとこいぬのしっぽ(に)

 小さな星にはたったひとり、ちいさな男の子がました。かたつむり型のリュックを背負い、かえるの帽子を被り、アディダスのスニーカーを履いた少年はてくてく歩き続けます。
「私、しばらく留守にするから加護には期待しないでね」
 女神様はそういって白い帽子を被ってどこかに出かけていきました。男の子に女神様の家の鍵を託して、うきうきで出かけました。
(そういえば神様の親善旅行のチラシがこの前テーブルの上にあったなぁ……)
 男の子は女神様のおうちで産まれました。かえるとかたつむりとこいぬのしっぽで作られた男の子は産まれた時から男の子です。女神様の家は野原にありました。1から作り直したこの世界はまだ『神の世界』と『地上』の世界が同じところにありました。人間が増えて世界が狭くなったら、ちゃんと分けるそうです。
 ちゃんと鍵をかけて男の子は出かけました。そうそう男の子は世界にひとりきりの男の子だから名前はないのですよ。
 
  
かえるとかたつむりとこいぬのしっぽ(に)
〜すてきなものいっぱい〜
 
 
「すてきなものってなんだろう」
 男の子は呟きました。
 すてきなもの、女の子を作るすてきなもの。
 とびきりかわいくてとびきりかしこくてとびきりすてきな女の子がいいな、と男の子は思います。男の子に恋愛はちょっぴり早くてまだ“こい”は分かりませんけれども、将来結婚する相手なのは分かっていました。うっかり変な物をいれて自分みたいな失敗作が生まれてはたまったものではありません。
「おやおや、おこまりかい」
 頭の上から声がしました。男の子の声を聞いたのか、枝に止まったカラスがにやにやしています。当時のカラスは凄くカラフルな鳥でした。ピンクの羽をばたつかせてカラスは男の子の頭の上に乗りました。
「おしえてやろうかすてきなものを」
「君はカラスだ、嘘つきカラス」
 男の子はカラスを振り払います。
「どうせガラクタなんだろう」
「カラスが嘘つきだと誰が言った? かあかあ神に誓って潔白だ」
 しつこいカラスに男の子は折れました。
「じゃあ、すてきなもの教えてよ」
「よく聞いてくれた、ついてこい」
 金色のとさかをギラギラさせて、青い足をパタパタさせてカラスは飛び立ちました。
 男の子がついていくと、だんだん歌が聞こえてきました。美しい歌です。
「きれいな歌だね」
「すてきだろう、彼女の歌は」
 枝に止まったコマドリが鳴いています。美しい鳥です。このころはまだ♀の鳥も着飾っていて、歌を歌っていたのですよ。
 カラスはうっとりとまばたきをしました。
「好きなの?」
「ああ、大好きだ」
 このころはまだカラスとコマドリは結婚できました。まだ動物同士の境が曖昧で、魚と貝の恋人や蝶と猫の恋人がいたのです。
「だけど、ぼかぁ嗄れ声だからなぁ、彼女には釣り合わないよ。きれいな羽はあってもきれいな歌がないと彼女は振り向いてくれない……って」
 カラスの嘆きを無視して男の子はコマドリに近づきました。
コマドリさん、コマドリさん。君の歌を分けてくれないか。すてきなものをいっぱい集めて女の子をつくりたいんだ」
 コマドリは歌を止めて男の子をジロジロと見ました。
「私の歌が欲しいの? そうね、それなら、きれいな歌を聞かせてちょうだいな。いい歌を聞かせてくれたら少し分けてあげるわ」
 男の子は唸りました。
 歌なんて歌ったこともありません。
 男の子は肩を落としてとぼとぼと去りました。そこにさっきのカラスが飛んできます。
「かあかあ、彼女は美しい歌が好き。誰が告白したって歌が下手ならお呼びじゃない、ああ、いい声が欲しいなぁ」
 今日の収穫はありませんでした。
 男の子が家に戻ると女神様がいました。
「どしたの?」
「磁気嵐で中止になったのよ……」
「ざまぁ」
「何か言った?」
「べっつにー」
 男の子は今日おこった事を話しました。
「きれいな声かぁ、きれいな羽さえくれれば代わりにあげられないこともないけど」
「女神(魔女)……いや、なんでもない」
 男の子がカラスに伝えるとカラスは小躍りしてきれいな羽と引き換えに素敵なバリトンボイスを貰いました。カラスの声も美しくなったのですが、女の子を作るのにバリトンボイスはないでしょう。やはりコマドリです。
 そしてカラスは一生懸命歌いました。聞き終わったコマドリは拍手をしてカラスの頬にキスをしたので、カラスは有頂天です。そうして男の子はコマドリの歌を少し分けて貰いました。すてきなものの最初のひとつです。女の子にはまだまだ足りません。

 ……え? カラスとコマドリがその後どうなったかって?
 男の子が去った後。
「ぼくと付き合って下さい!」
 コマドリはにっこり笑い。
「いくら声が良くても見た目の格好悪いトリはお断りよ」
「かあ?!」
 ふられてしまったカラスの泣き声はずっとずっと森の中に響いて、せっかく手に入れた素敵な声も壊れてしまいましたとさ。カラスはきれいな羽を失ったせいで、物悲しくかあかあと鳴くようになったのでしょうね。