フレイム29話『全てが盤上の駒だとしても』

文字数の都合で削った箇所は完結後に補完したいです。
 
 
 
「アーハッハッハッハッ」
 仁王立ちし高笑いするのは正体不明のポケモンだ。とにかくセンスが悪い。アゲハント柄の蝶型マスクを顔につけてマントを羽織っている。
「我こそは! 悪の使者! 意志を打ち砕く者、マスク仮面なり!」
 いたたたたたた。マスク仮面って何だよ。意味被ってんだろ。かなり痛いがどうやら(二つの意味で)危険なポケモンのようだ。
 マスク仮面はマスクの奥の金色に輝く瞳を細めた。
「ククク、こうも簡単に誘き出されてくれるとはな……」
 マダツボミは反射的に木の陰から飛びだし構えたが──それは失策だった。
「かかったな!」
 パチン! とマスク仮面は指を鳴らした。ボッ、と地面に炎が走った。地面を炎が覆う。周辺は瞬く間に火の海になる。
 その中央に閉じこめられた。ポニータ達は平気だ。簡単に炎を突っ切って脱出できる。だが──マダツボミは。
(炎──…)
 崩れ落ちた。体の震えが止まらない。怖い怖い怖い怖い怖い。思考が恐怖で塗り潰される。
駆け寄りたくても自分たちでは状況を悪化させるだけだとポニータだって分かってた。炎を消そうと砂をかける。しかし消えない。物が燃えているのではなく、技効果だからだ。
「炎が苦手なのだろう。仲間に怯えるなど、笑止千万」
 マスク仮面が鼻で笑う。
「我々は今まで沢山のポケモンを見てきたが──今までの最高傑作ではないか。惨めで、無様で、ただ踏みにじられる」
「ば、馬鹿にするな! リーダーは、そんなんじゃない!」
 叫んでポニータはマスク仮面に突進した。マスク仮面の体が光に包まれた。そしてゆっくり手を振り上げた。
 たった腕の一振りで。
 ただの″通常攻撃″で。
「うぐっ!」
 ボールのように跳ね飛ばされ近くの岩に叩きつけられた。その衝撃で岩が崩壊する。
ポニータ!」
「いっ、た……ま、負けるかっ!」
 ドンメルポニータに駆け寄った。ポニータは立ち上がったが強い痛みに顔を歪めた。
「無理しないで、後ろ足を怪我してるわ」
 どうやら足首を捻ったようだ。マスク仮面がポニータたちに近づいてくる。ドンメルポニータを守るようにマスク仮面の前に立ちふさがった。
(逃走経路は──駄目よ。ポニータを逃がせても──リーダーを捨てて逃げることになる)
「アンタなんの目的があってこんなことをするのよ! それにどうしてアタシたちのことを知ってるの? 一体誰なの?」
「言ったじゃないか″お世話になったもの″だ。そのお礼に来たんだよ!」
「きゃあっ!」
 ドンメルは地面に叩きつけられた。地面に小さなクレーターができるほど高威力だ。その一撃でドンメルの体力の殆どが削られてしまった。
「さぁ、どうする? マダツボミ
 マスク仮面がせせら笑う。話しかけられたマダツボミは顔を上げた。
「無様なまま終わるか? そうだ、そこで自分を慕う仲間がやられるのを見ていればいい」
 マダツボミだって分かっている。このままではみんなやられる。せめて二匹を逃がさなければ。だけど恐怖で体が動かない。探検隊は誰かを助けるためにあるのに。
「動けっ──動くんだ…」
 悲鳴が聞こえた。少しずつなぶり殺しにする気なのか。
 マダツボミの目の前が暗くなる。ここで終わるのか。
 ──目を閉じて。
 ふと、フェルが言った言葉を思い出した。
 ──怖いときに恐怖を見つめちゃいけない。立ち向かおうとすればするほど壁はそびえ立つ。じゃあ、どうするかって?
 ──いちばん″感情″を動かされるものを見つけるんだ。恐怖よりも強い感情を。
(感情を動かされるもの。わたしが本当に大切なもの)
 なくした記憶は戻る気配を見せない。だけど。
(どうしてだろう)
 怖い。でも、ポニータ達に思うのはそんな気持ちだけじゃない。心配で、頼もしくて、楽しくて。マダツボミにとって、どこから来るのか分からない感情だった。記憶はなくても体と感情が覚えている。ポケモンは記憶だけでは出来てはいない。
(大切、か──)
 体の震えが消えた。炎が目に映る。恐怖は消えないけれど、やれる、と思えた。
(わたしは、わたしの大切なものを守るんだ!)
「葉っぱカッター!」
 マダツボミは葉っぱカッターを敵に向けて放った。
「ほぅ、立ち上がったか。だが、草タイプの技が効くと思うか──火炎放射!」
 火炎放射がマダツボミのすぐ横を掠めた。火炎放射の連続攻撃をギリギリだがかわす。
「何故、当たらない!」
 マスク仮面が叫ぶ。
(──風だ)
 ポニータは知っている。マダツボミの強さは正面突破することではなく、攻撃をかわして受け流すことにある。大木より柳のほうが嵐に強いように。勢いの強い攻撃は空気の流れを生む。それを利用して攻撃を避けているのだ。
「葉っぱカッター! そして葉っぱカッター! もう一度、葉っぱカッター!」
 この葉は直接攻撃には使わない。マダツボミの周囲に大量の葉が舞った。
 流れるように、しなやかに、長く、ツルを伸ばす。
「ツルのむち!」
 周囲に舞う葉を叩く。スピードのついた鋭い大量の葉が正確にマスク仮面に襲いかかる。
(顔を狙って──!)
 視界が葉に覆われた。効きにくいといっても何度も攻撃を食らえばダメージは少なからず蓄積される。
「っ! まだまだぁ!」
 草の弾幕を払いのける。足元、すぐ近くにマダツボミが迫っているのに気づき反応しようとしたが遅かった。
「″目覚めるパワー″」
 腕が凍った。マダツボミの目覚めるパワーは氷タイプだ。このお陰で飛行には弱くない。
 相手は氷を溶かす炎タイプだ。長くは効かない。直接炎に触れることはできないから、マダツボミは凍った箇所につるを巻きつけた。
 口に含んでいた猛撃の種を噛み砕く。そのままマダツボミはマスク仮面を地面に叩きつけた。まだだ。削りきれない。大きく飛び退いて待避する。
ポニータドンメル!」
 二匹はびっくりした。さっきから呆然としていたのだが、話しかけられるとは思っていなかったのだ。
「一緒に、戦って下さい」
 マダツボミはボロボロだった。完全には炎を避けきれていなくて体が焦げていた。だけど、それは『いつもの』マダツボミだった。
「わたし達は探検隊でしょう」
「「は、はい!」」
 ポニータドンメルは痛みを忘れて立ち上がり、ちょっと遠慮がちにマダツボミの隣に立った。
「ほぅ、そう来たか。賭は我の負けのようだ」
 その様子に、マスク仮面は笑ったように見えた。
「来い! その覚悟見せて貰うぞ!」
 三匹の一斉攻撃で土煙が上がった。周りの炎が消える。マスク仮面は倒れていた。勝ったのだ。体の力が抜ける。
「二匹とも大丈夫ですか?」
「リーダー…」
 ポニータがキラキラした目をマダツボミに向けた。
 我に返ったマダツボミは冷や汗が止まらなくなっていた。あ、やばい。マダツボミの意識がすぅっと遠のいた。
 バターン!
「「リーダー!!」」
 無理をしすぎたせいで泡を吹いてぶっ倒れた。
 
 

 その隙にマダツボミ達からマスク仮面は逃げ出していた。
「弱い意志だと見くびっていたがやるではないか……」
 どこか嬉しそうだ。やがてポケ気のないところに着くと、マスクとマントを取り払った。わりと普通のポケモンだ。
 ふっ、と輝いていた瞳の金色が抜けおちる。背中に張り付いていた″青く光る小さな紙″がぺろんと剥がれ落ちた。
「……あれ? 何か体が勝手に動いて変なこと言ってしかもポケモンに攻撃してたような……まさか、お化けに取り憑かれて……うわぁああ!」
 そのポケモンはそこから全速力で逃げ出した。
(悪ぃな)
 その後ろ姿を見送ると。
「お疲れ、エイ」
グラエナのフェルは地図の欠片の『三枚目』を拾う。
「……フレイムにはまだ働いて貰わなきゃならないからな」
 フェルは独り言のように三枚目に話しかける。
ポニータちゃんなら俺の望みを叶えてくれるだろう」
 マダツボミの実家に先回りして地図の欠片を引き出しに戻してから、フェルはトレジャータウンに戻った。未だ居候中のマダツボミの基地に到着して準備する。やがて扉が開くだろう。最初の言葉は決めている。
「──おかえり、みんな」
「あっ、…た、ただいま」
「あれ、いい匂いがする」
 こうして、フレイムは帰ってきた。マダツボミは紅茶を飲みながらポニータ達と話した。
「先日、リーフから手紙が来たんですよ。『さっさとトラウマ克服しろよ、意気地なし』って」
「リーフさんが……?」
「えっ、意気地なし?」
「わりとリーフはひねくれ者なんですよ。口も悪くて。何か彼に言われませんでしたか?」
「……あっ」
 ポニータは遠い目をした。
「それで、」
 マダツボミは切り出した。
「探検隊やりませんか?」
「えっ……」
「それって、アタシ達と?」
 マダツボミは首を縦に振る。おずおずとドンメルが聞く。
「でも怖いんでしょう」
「……ええ」
 マダツボミのトラウマは根深い。距離は開いているし、ポニータを直視出来ていない。
「だけど、わたしが目指した探検隊はここにある。今ここで止めたら後悔する。そう思うのです」
「「リーダー…」」
「……あなた達こそいいのですか? わたしは前より弱いでしょうし、きっと迷惑をかけると思います」
「そ、そんなの! 全然気にしません!」
「それに困った時には支え合うのがチームですもの」
 ポニータドンメルの言葉に苦笑して、目を伏せた。
(記憶を取り戻したいな)
 失われた1ヶ月。きっと楽しくて騒がしかったのだろう。これから苦労しそうだ。
 実は解散届を出していなかったフレイムは再結成する必要もなかった。
「あっ、そういえば……ガーディアンからこんなものを貰ったんです」
 ポニータはネイアから貰った資料を広げた。巨大な木が描かれている。ポニータは貰った経緯を説明した。
「この世界を支える生命の大木、世界樹だそうです」
 それを聞いたマダツボミはガタッと勢い良く立ち上がった。
「──それだ!」
「「えっ!」」
「伝説によると世界樹は一年に一度『透明な葉』という病気と怪我を治す万能薬になる葉をつけるそうです」
偶然か必然か運命は巡る。それは誰かの手の中にあるかもしれないけれど、今はただ精一杯に足掻く事をしか出来ないのだ。
「もしかしたら記憶も戻るかもしれません」





next開拓編
描写を削りすぎて説得力がログアウトしました。『ポニータ達とリザードさんの仕事』と『マダツボミの故郷で起きた事件』の2つを削ったせいですね。……後悔はしてる。