フレイム26話『賽は嘆げられた』

漢字の『嘆』はわざと。フレイムメインストーリーのスタート。×年前のOP(もどき)から立てたフラグをやっと回収。物語の始まりは終わり。
 
 
 
 一匹のポケモンが笑う。
「やっぱりな。使えば使うほど俺は強くなる」
 彼は闇に吠える。彼の体は文字のような形をした黄色の不思議な力に包まれていた。
「さぁ、俺に力を寄越せ! あいつを倒すだけの力を!」
 赤い瞳には憎しみが宿っている。復讐の邪魔者はもういない。彼は虫食いに食われたような耳をピンとたてた。狩りをするには絶好の夜だった。
 
 
 

 地図の欠片は三枚になった。合計で何枚あるのか分からないが、一歩前進だった。
 時刻は丑三つ時。ひっそりと夜は星空のマントと月のバッジをつけて静まり返っている。
 マダツボミは少し興奮して眠れなかった。
 疲れて先に眠っているポニータたちを起こさないよう小さなあかりをつけて、マダツボミは地図の欠片を見ていた。
(全て集めれば道は開く。そう聞いていますが……きっとこの地図のどこかに仕掛けが…)
 しかし分からない。『三枚目』もあれから沈黙を守っていた。マダツボミは欠伸を噛み殺した。眠気覚ましに木の実をかじる。マダツボミが悩んでいると──。
 遠くから足音が近づいてきた。アプルス山脈から帰ってきたばかりなのに、またすぐ出かけていったグラエナのフェルが帰ってきたのだろうか。
 次の瞬間、外から甲高い声が上がった。マダツボミは立ち上がった。小さかったけれど、今のは誰かの悲鳴だった。
 マダツボミは探検隊基地から外に飛び出した。
 そこには、一匹のブラッキーが倒れている。その近くにはフェルの姿があった。マダツボミを見て、フェルは驚いたような顔をした。
「何で起きて──」
「何があったのですか?」
「あ、その。こいつ誰かに襲われてたんだ。俺が声をかけたらあっちに逃げ──ちょっと待て、行くな!」
 暴漢を追ってマダツボミは走った。だが闇に姿は紛れて見つからない。引き返して応援を呼ぼうとした時だった。
 また悲鳴がした。そこへ向かう。しかし、そこにはポケモンの姿はなかった。被害者の姿もない。ここはひっそりとした袋小路だった。周りには逃げれこめる場所も、民家もない。マダツボミは誘い込まれた事に気づく。
「俺は優しいんだ。追わなければ何事もなく帰してやれたのに。無謀なことをする」
「まさか、あなたが!」
 マダツボミが、その事件の現場に居合わせたのは運が悪かったとしか言いようがない。
「何をしたんですか?! 夜にポケモンを襲うなんて」
「……さぁ、何だろうな」
 じり、と近寄る。
「俺には分からないことがある。俺が喰った相手とお前達が関りを持つのは何故だ? カラカラもネイティもイーブイも……気味が悪い」
 マダツボミはつるのむちを繰り出した。だが、軽々と避けて、彼は牙をむいた。自分はこんな彼を知らない。
「カラカラ…? イーブイ…? まさか──…」
「まぁいい。どうせ、お前も″忘れるんだから″」
 飛びかかられた。早い。地面に押さえつけられる。逃げようと身をよじったが、唐突にマダツボミの力が抜けた。
 体から何かが奪われるのを感じる。糸のような──よく見るとそれは無数の『0』と『1』の数字だ──光の粒子が彼に吸い取られていく。
(しまっ、た)
 まるで走馬灯だ。今まで過ごした記憶のフィルムが逆再生された端から失われていく。
(記憶を……あれ、私は今何を考えて……)
 ここはどこなのか。どうしてここにいるのか。マダツボミにはもう分からなかった。
「じゃあな」
 どこかで聞いたことのあるけれど思い出せない声を聞いたのを最後にマダツボミは意識を失ったのだった。
 夜が明けた頃、マダツボミと数匹の被害者を背負ったグラエナのフェルがフレイム基地に慌ただしく飛び込んできた。
「大変だ!! マダツボミが!!」
 朝、トレジャータウンは大騒ぎになった。マダツボミには掠り傷ひとつなかったが、なかなか意識が戻らなかった。
 最初に目覚めたのは、最初にマダツボミが見つけたブラッキーだった。肉体も精神も健康だった。ただ一つを除いて。
「嘘だ、もうこんな日?!」
 ブラッキーはカレンダーを見て驚愕している。
「どんなに寝込んでたんだ? 三日前にやりたいことがあったのに」
 そう、彼らからなくなったのは記憶だ。目覚めたポケモン達は程度の差はあれど、ここ数日の記憶を忘れていた。ここで『集団記憶喪失』は偶然でも病気でもないことが判明した。
 噂が噂を呼んだ。
「記憶を消すポケモンがいるらしい」
「盗られたのは記憶だけ。金品は無事らしい。愉快犯だろうか」
「でも勝手に記憶を消すなんて重大な犯罪だ」
 フェルは煮え切らなかった。彼が無事なのはマダツボミを途中で見失ったからのようだ。
「う〜ん、俺はあんま姿見てないから……。えっと、多分♂で、小さくなく大きくなく、黒っぽいやつだった」
 それだけでは該当するポケモンが多すぎて指名手配ができない。ジバコイルは頭を抱えた。
 ブラッキーたちには日常生活には困らない程度の被害だった。記憶を奪うのは何の罪なのだろう。窃盗罪だろうか。事件は大きいが被害は小さい──と思っていた。
 最後の被害者であるマダツボミが目を覚ましたのは昼を過ぎてからだった。
 ポニータが覗き込む。
「大丈夫ですか、リーダー!」
 赤い炎のたてがみがマダツボミの瞳に映った。
──炎。マダツボミには火炎に包まれた森が見えた。逃げ惑うポケモンたち。悲鳴。煙を吸い込みすぎて咽せて、熱風で喉が焼けた。体が焦げる嫌な臭いがした。
″リーフ!″
炎の向こうにとり残された幼なじみのナゾノクサの名を叫んだ。約束したんだ。一緒に探検隊になろうって──なのに。
″リーフが! リーフがまだ中にいるんです!″
″諦めろ、もう助からない″
他のポケモンたちに止められた。火の粉が降る。目が眩んだ。
 消防団が駆けつけた時には既に遅く──火は森と一緒にリーフを燃やして灰になった。骨まで灰になったのか、リーフの遺体は見つからなかった。
 マダツボミもただではすまず酷い火傷を負った。完治するには数ヶ月かかった。傷は癒えても──心は。
 そして、過去から現在へ。
 意識は引き戻される。
「うわぁああああ!」
マダツボミはガタガタと震えた。目に浮かぶのは恐怖だった。パニックを起こしている。
「来ないで下さい!」
「え、あの、リーダー…いったいどうしたんですか?」
「わたしはあなた達のリーダーなんかじゃない! 炎ポケモンなんか!」
「リーダー!」
ポニータ!」
 ポニータを制したのはドンメルだった。ドンメルマダツボミが何らかの理由で『火が苦手』なことを知っていた。だから今マダツボミに起きている事態を理解できていた。記憶をなくし過ぎたのだ。数日、数週間、数ヶ月──どころじゃない。
 他のポケモンと同じくらい『数日だけ』忘れていると思っていたのが浅はかだった。フェルは名前以外忘れていたのだ。
「外に行きましょう。リーダーには落ち着くために時間が必要よ」
 ポニータを押してドンメルは外に出た。マダツボミ基地の外でポニータは立ち尽くしていた。やがて我に返るのと同時に、マダツボミに言われた言葉がポケモンの頭の中をかき回した。優しさのない目だった。憎しみと恐怖だった。他のポケモンにはそんなことはなかったのに、ポニータだけだった。
「……どうしちゃったの?」
 時間が経つにつれてマダツボミにも事態が理解出来るようになった。ここ何年ものことを全て忘れてる。理解はしても納得はできないようだが。
「君はポニータドンメルと探検隊をやっていたんだよ」
「炎タイプのポケモンと? まさか、冗談でしょう」
 マダツボミは炎を見るとパニックを起こすようになってしまっていたから、ポニータたちは姿を見せないように隠れてその話を聞いていた。
ポニータ、大丈夫?」
「わ、私は──いちにんまえのた、探検家だから、だ、大丈夫、だよっ」
 大丈夫じゃなさそうだ。いたたまれなくなって外をふらふらした。憂鬱だ。探検隊フレイムはどうなってしまうのだろう。何も解決しないまま数日が過ぎた。その間、二匹はザグマの家に居候させて貰っていた。
 そんなある日、ドンメルポニータを連れ出した。
「コレクターのこっくるさんはリーダーの昔なじみだそうよ。話を聞いてみましょう」
 専用道具コレクターのツボツボのこっくるはマダツボミのことを知って酷く驚いた。
「ずっと一匹でやってきたのがやっと落ち着いたと思ったのに──……」
 こっくるの話はこうだ。昔、マダツボミの故郷は火災にみまわれた。マダツボミは大きな火傷を負っただけでなく、幼なじみを失った。それ以来、炎はトラウマになったのだが、幼なじみとの約束を守ろうとし探検隊を志し、リハビリして未だに苦手だが我慢できるようになり、探検家になった。
「僕が知るのはこれくらいだ。死んだ幼なじみにずっと操をたててたのが、君たちを受け入れたんだ。自信を持てよ。時間はかかるだろうけど、やり直せるさ」
それで、ちょっとポニータは慰められたような気持ちになって、探検隊基地に寄ってみようと思ったのだ。
 誰か来ているようだった。
「あれ、お客さん……?」
 マダツボミを刺激しないようこっそり室内を覗く。
「僕のことを覚えてる?」
 悪い時に悪い事は重なるものだ。泣き面にロケットランチャーを撃ち込まれた。
「僕だよ、リーフだ」
「!? 生きてたんですか!?」
探検隊基地はラフレシアがいた。それはかつての幼なじみのリーフだった。
「川に飛び込んで助かったんだ。だけど、どんどん海に流されて遠い島に流れ着いたんだ。ほんと、酷い目にあったよ」
そしてリーフはマダツボミの手を取った。
「故郷に帰ったらマダツボミが探検家になったって聞いてね。だから、約束を守りに来たんだ。僕と探検隊になろうよ」
 リーフはポニータたちの事を知らないので悪意はないのだが、その言葉はポニータにはトドメになった。マダツボミの返事は聞くまでもないだろう。
(私たちは邪魔なんだ……)
その日、ポニータ達は手紙を置いてマダツボミの元から去り──探検隊フレイムは解散した。
 
 
 
nextシリアス風
ふわもこ編との落差…。今までの記憶喪失事件には犯ポケモンの影がちらっとしてます。ちなみにギャングは無自覚の記憶喪失です。ロボット編でフレイムと会ったのは二回目なのに初見反応はこのせい。