小さなゆりかご

街路樹にいつの間にか緑色のどんぐりがついていて、秋の予感を感じるこのごろ。
季節ネタシリーズ『僕らのその後』続編『君とのその後』は見事に6、7、8月分積み上がっています。ネタはあるんだよ……完成してないだけでね。
ちなみに6月は『6月の花嫁』、7月は『さよならバタフリーちゃん』あたりを予定してました。あくまで予定ですが。
てことで、未完成のまま二年ほどお蔵入りになってた秋ネタ(短編)を公開します。ちなみにいくら推敲しても良くならなかったボツネタ(失敗作)です。至らなすぎてつっこみどころまみれです。ちなみに単発のポケモンネタです。
 
 
 
 
「いつか、旅立たなくてはならないよ」

″ゆりかご″はよく私にそう言った。

「やがて、君には
この私は小さくなるから」

産まれた時からゆりかごに抱かれ、ゆりかごで育った私には、そんな日がくることなんて想像出来なくて、曖昧に頷いて優しい揺れに目を閉じた。

例えば夏の日差しが強い日。
あるいは激しく雨と風の打ちつける嵐の日。
ゆりかごに守られていれば何も怖くなかった。

ゆりかごは私の世界だった。
世界、そのものだった。

やがて翼は風を掴み、私は大空を飛び回るようになった。

日に日に、ゆりかごは『小さく』なっていく。

あの日、見上げた大きなゆりかごはもうそこにはなく。ただ、ただ。それが、哀しかったことを覚えている。

刺すように照りつけていた日射しはやがて柔らかくなる。
木々は色鮮やかに染まり、秋の訪れを告げた。

ゆりかごは告げた。
私が旅立つ日が来たのだと。

「いきなさい、南へ」

私はがむしゃらに頭を降った。

「行かない、行きたくなんかない──ここが、私の生きる場所だ!」

駄々をこねて泣き喚いた私をいつものようにゆりかごが慰めてくれることはなかった。

「私が君のゆりかごだったのは昔のことだよ。君の生きる場所はもうここにはない」

私は耳を塞ぐ。
聞きたくなかった。

それは──雲一つなく晴れ上がったとある秋の日だった。

ゆりかごが姿を消した。

いくら探し回っても見つからなくて、手がかりも一切得られなくて、私は立ち尽くした。

「見捨てないで」
「いつものように『おかえり』と言ってよ」

いくら叫んでも、泣いても、再びゆりかごが私の前に姿を現すことはなかった。

涙に濡れた頬を冷たい風が撫でる。ガタガタと体が震える。もう冬が近い。晩秋の寒さが私の体を蝕む。
私たちは季節ごとに住処を変える渡り鳥だ。この国の冬に私は耐えることはできないだろう。

凍え死ぬのだと思った。
裏切られて見捨てられて、このまま惨めにひとりぼっちで死のうと思っていた。

「どうして私を捨てたの?」
「私のことが嫌いになったの?」
「もう私のことなんて、どうでもいいんだ」

ゆりかごが答えることはなく──その代わりに響いたのは羽音だった。空を見上げたら、大きな影が見えた。

「何やってんだ! そろそろ行かねぇと死ぬぞ」

それは私と同じ翼だった。
″彼″は私の前に降りたって、心配して色々と声をかける。

「…いか、ない」

「どうしてだよ」

「──待ってるの。きっと最後には戻ってきてくれる」

「誰が」

「あなたには関係ないッ!」

「関係なくてもこのまま見過ごせるかよ」

いくら言っても、彼は立ち去らい。ただひたすら真っ直ぐな視線で私を射抜くのだ。

「──ゆりかご、よ」

折れたのは私だった。

親のいない私をゆりかごが母代わりに育ててくれたこと。だけど、ゆりかごは何も言わず突然いなくなったこと。
そんな私の話を黙った聞いていた彼は、最後まで聞き終わると溜め息を吐いた。

「……アホか」

「なっ!」

「どうどう」

彼は憤慨する私の頭を私よりふたまわり大きな翼でぐしゃぐしゃと撫でた。
彼はまだ若鳥の毛並みをしていたから、私たちは同い年のはずだ。子供扱いされるのはちょっと釈然としなかったけれど。

「なぁ」

優しい声だった。

「愛されて、良かったな」

そして柔らかく微笑んだ。

「俺も両親がいなかったんだ。死んだのか、捨てられたのかは分からない」

彼はぽつりぽつりと語る。

「ずっと一匹で生きてきた。強くならなきゃ死んでたし。だから、このままでいたいだなんて考えたこともなかったんだ」

一匹で過ごす夜は長い。
なかむつまじい親子の姿を羨ましいと何度思ったことか。

「出会えて良かったな」

「……うん」

ずっと分かってた。
理解できないふりをしていたけれど、ゆりかごは私のためにこうするしかなかったのだ。
こぼれ落ちるくらいたくさんの愛を与えてくれていた。

だけど、ゆりかごはいない。
伝えたい言葉はもう届かない。

目頭が熱くなる。涙が零れて、頬を濡らした。

例えば夏の日差しが強い日。
あるいは激しく雨と風の打ちつける嵐の日。
いつもゆりかごは私の側にいてくれたのだ。

彼は私が落ち着くまで待っていた。やっと泣き止んだ私の背を叩いて。

「南へ。ゆりかごも望んでいたんだろ」

「…うん」

ゆりかごが望んだのは、私が無事に旅立つことだった。最後にできるのはそれだけだ。

地を蹴り翼を広げる。
そして、最後までゆりかごに言えなかった言葉を小さな声でそっと吐き出した。



愛してくれて、ありがとう。



振り返るといつもの場所にゆりかごの姿が見えた気がした。

涙のせいで見間違えたことにしたくなくて、前を向いた。

冬が過ぎて、また春が来て。
季節は巡る。また私がゆりかごに逢うことはなかったけれど、今ではゆりかごの気持ちがわかる気がする。

見上げれば、あの日と同じ秋晴れの空。


私は子供たちの頭を撫でる。


ねぇ、旅立ちはもうすぐだよ。



◆かいせつ
ドダイドスの背中の木は鳥ポケモンの住処になるそうです。作中にポケモン名出してませんが、ドダイドス(ゆりかご)とスバメ(私)の話でした。
でも、会話とか場面展開と切り替えとか明らかにおかしい……。